――一枚の写真が呼び起こした四十年前
・令和8年10月2日
私は、池田大作先生の写真展があることを、それまで知りませんでした。
山登りの仲間から
「自然との対話の写真展があるから、見に行ってみたら」
と勧められ、妻と二人で出かけることにしました。
正直なところ、行く前の私は、宗教や哲学、あるいは政治に関係するものが多い写真展なのではないかと思っていました。
ところが、会場に入ってみると、そんな思いはすぐに消えていきました。
最初に目に飛び込んできたのは、大きく、美しく写し出された花の写真でした。
「これはきれいだな」
思わず足を止めました。
会場にはたくさんの人が訪れていました。
私は、一枚一枚の写真の前で立ち止まり、ゆっくりと眺めながら歩きました。
そして、ある一枚の写真の前で、私の足が止まりました。
それは、竹田市の岡城跡の石垣を写した写真でした。
岡城は、断崖の下を川が流れ、場所によっては高さが百メートルほどもある険しいところです。
「ここだ……」
そう思った瞬間、私は約四十年前のことを思い出しました。
四十年前の岡城
私は以前、仕事でこの地域に勤務していたことがあります。
当時、年に一度、岡城の大掃除が行われていました。
役所、県の振興局、市、各種団体、商店、支店など、地域のいろいろな人たちが参加するボランティア活動です。
私たちもその一員として、岡城周辺の草を刈ったり、桜や紅葉の木の根元をきれいにしたり、周辺の環境整備をしていました。
その中で、今でも強く記憶に残っている光景があります。
石垣の上から、九州電力関係の方たちがロープを使い、石垣を下りていくのです。
まるでロッククライミングのようにして、石垣の隙間から生えている小さな木や草を一本一本取り除いていました。
下を見れば、深い谷。
見ているだけでも少し怖くなるような場所でした。
「よくあんなところまで下りていくものだな」
当時、そんなことを思いながら見ていたことを、今でも覚えています。
写真を見た瞬間、その光景が四十年の時を越えて、目の前によみがえってきました。
滝廉太郎の像
そして、もう一つ思い出したことがあります。
岡城跡には、「荒城の月」で知られる滝廉太郎の像があります。
私は、その像がたたずむ岡城の風景を思い浮かべながら、池田先生もこの辺りで写真を撮られたのではないだろうか、と想像しました。
写真そのものには、撮影した時の思いや場所について、詳しい説明はありませんでした。
だからこそ、私は写真を眺めながら、
「この石垣は、あの場所ではないだろうか」
「もしかすると、あの頃見ていた石垣ではないだろうか」
と、四十年前の記憶をたどっていきました。
一枚の写真が、記憶を連れてくる
写真には、不思議な力があります。
一枚の写真を見ただけなのに、そこから昔の景色が現れ、人の姿が現れ、その時の空気まで思い出されることがあります。
私は今回、それを実感しました。
池田先生が撮られた一枚の写真。
それを見た私の心の中には、四十年前の岡城が現れました。
草を刈ったこと。
木の根元をきれいにしたこと。
石垣を下りて作業する人たちを見上げていたこと。
そして、あの岡城の風景。
写真は、ただ「見るもの」ではないのかもしれません。
写真は、眠っていた記憶を呼び起こすものでもある。
そう思いました。
妻と一緒に訪れた写真展でしたが、私にとっては、思いがけず四十年前の自分に出会う時間にもなりました。
まだまだ、心に残った写真があります。
一枚の写真が、また一つの思い出を連れてきてくれました。
池田先生の一枚の写真に、
「ありがとう」
と、心の中でつぶやきながら、会場を後にしました。
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