盆を迎える、ひとつの決断
/盆が近づくと、毎年決まって気になることがある。
墓掃除である。
今年は七月の下旬、朝の四時半ごろ家を出た。
まだ辺りは薄暗く、暑さもそれほどではない。
大きな通りから里道へ入る。
幅七十センチほどの細い道である。
釜、のこぎり、草取り鎌、ほうき、かき寄せるための熊手、花――。
道具を抱えて、坂道を七、八分ほど登っていく。
墓場に着いてから、
「あっ、水を忘れたのではない」一回ではとても運べない。
車を止めたところまで、また戻る。
リュックを背負い、携行缶いっぱいの水を入れて、もう一度同じ坂道を登る。
これで、ようやく準備が整った。
墓地はおよそ三十坪。
墓石の間からは、今年もドクダミを中心に雑草が顔を出している。
一本、一本、手で抜いていく。
墓石についた苔は、丈夫な手袋でこする。
少し力を入れると、苔が取れ、石が少しずつ本来の姿を取り戻していく。
花を取り替え、墓石を洗い、周囲の木々も整える。
朝の静かな時間の中で、黙々と作業をする。
二時間、三時間ほどかかっただろうか。
汗をかきながらも、掃除が終わった墓を見ると、
「今年も無事にできたな」と、少しほっとする。
ところが――。
今回の墓掃除には、もう一つ大きな意味があった。
以前から、二人の兄弟や長男とも話をしていた。
「そろそろ墓じまいを考えてもいいのではないか」
そんな話である。
子どもたちは都会にいる。
毎年、墓掃除に帰ってくることは難しい。
現役で働いている間は、なおさらである。
そして、この墓地にはもう一つ事情があった。
墓は古墳の一角にあり、国の文化財にも指定されている。
そのため、現在の細い道に新しく道を通すこともできないという。
墓まで行くには、今の道を歩いていくしかない。
今はまだ自分の足で歩ける。
しかし、十年後、二十年後はどうだろう。
子どもたちの時代になったら、
この墓を誰が守っていくのだろう。
そんなことを考えるようになった。
そこで、寺に相談した。
ご院家さんは、静かに話を聞いてくださった。
「墓じまいをしてもいいでしょう。
納骨堂も、あと少し残っています。購入されますか」
決して安いものではなかった。
けれども、知り合いにも納骨堂を購入している人がいる。
夫婦二人でそこに入ることを考えると、
「それもいいな」
そんな気持ちになった。
納骨堂なら、墓掃除のために遠くから子どもたちが帰ってくる必要もない。
夫婦二人が入る場所を、今のうちに自分たちで決めておく。
そう考え、全額を支払った。
これから、いろいろなことが残っている。
墓じまいの儀式。
仏具の整理。
新しい納骨堂に必要なもの。
そして、家系図も作っておきたいと思っている。
人生の終わりに向けて準備をするというと、
少し寂しい話のようにも聞こえる。
しかし、私は今、そうは思わない。
むしろ、これまで生きてきた人生を整理し、
次の世代へ渡していくための仕事なのだと思う。
そして、今年の墓掃除をしながら思った。
これまで何十年も、この墓を掃除してきた。
暑い日もあった。
寒い日もあった。
草を抜き、苔を落とし、花を供え、
「また来年」と帰ってきた。
その一つ一つが、
先祖を思い、自分の人生を振り返る時間だったのかもしれない。
いつか墓じまいをして、この場所に来なくなる日が来る。
それでも、ここで過ごした時間まで消えるわけではない。
朝四時半に家を出て、
細い里道を歩き、
重い水を運び、
汗を流しながら墓をきれいにしたこと。
その苦労さえも、今となっては大切な思い出である。
墓を閉じることは、
先祖とのつながりを閉じることではない。
形を変えて、
次の世代へ受け渡していくことなのだろう。
盆を前にして、
今年も墓をきれいにした。
そして私は、墓を掃除しながら、
自分自身の人生も少しだけ掃除したような気がしている。
長い人生だった。
これから残された時間も、
一日一日を大切にしたい。
いつか振り返ったとき、
「墓掃除も、楽しい思い出だったな」
そう言える人生でありたい
/「墓を掃除しながら、自分自身の人生も少しだけ掃除したような気がしている。」
/人生の節目 第二編
墓との別れ
/――何十年も通った墓をあとにして――
令和8年9月15日。
この日は、私にとって忘れられない一日になった。
以前から御院様にお願いしていた墓じまいの日である。
午前10時の約束だったので、私は正龍寺へ御院様を迎えに行った。
これまで何十年も通った墓である。
大きな杉の木があり、その周りには葵の木もあった。
小さな道の草を刈ったこともある。
暑い日も、寒い日も、この墓へ通ってきた。
掃除をし、木を剪定し、草を取り、墓石を磨く。
振り返れば、墓掃除は私の生活の一部になっていた。
その日、墓へ持って行ったのは、菊の花十本、ろうそく二本、線香二束。
一番上のおじの墓の近くに花を供え、ろうそくに火をつけ、線香にも火をつけた。
すると、静かな森の中に鳥の鳴き声が聞こえてきた。
さっきまで静かだった墓場が、
花とろうそくと鳥の声によって、少し華やかになったような気がした。
線香の香りが広がり、白い煙が一面に漂い始める。
煙は一メートル、二メートルと上へ上がっていく。
そして、ある高さまで来ると、横へ流れ始めた。
不思議なことに、その煙は私たちの寺、正龍寺の方へ向かって流れていった。
墓から正龍寺までは、二キロほどある。
読経が始まる。
すると、線香の煙がまるで細い糸になったように、長く、長く、一筋の線を引くように流れていく。
私は、その煙をしばらく見つめていた。
「こんなこともあるのだな」
そう思った。
偶然なのかもしれない。
風の向きがそうさせたのだろう。
それでも、そのときの私には、何か不思議なものを感じた。
何十年もの間、私は一人でこの墓を守ってきた。
毎年、盆が近づけば墓掃除をした。
草を取り、木を整え、墓石を磨き、花を供えた。
それが今日で終わる。
そう思うと、急に寂しさが込み上げてきた。
墓じまいとは、墓をなくすことだけではない。
私自身の中にあった、長い年月との別れでもあるのだと思った。
その前に、墓地を整地することについて業者とも話をした。
見積もりを取り、施工についても相談した。
業者の方から、
「墓を壊す現場を見ると、考え込んでしまう人や、急に無口になる人もいます」
という話を聞いた。
私は、
「できることなら、自分も少し手伝いたい」
そう思った。
しかし、業者の方からは、現場を離れて任せたほうがよいと言われた。
そこで私は、その場を離れ、業者に任せることにした。
離れていても、やはり気になった。
何十年も自分が守ってきた場所である。
その墓石が取り壊され、土地が整えられていく。
それを思うと、胸の中に何とも言えないものがあった。
けれども、これからのことを考えれば、これでよかったのだと思う。
無事に納骨堂へ納められたことだろう。
私たちの子どもたちは、やさしい子どもたちである。
きっと、これからも先祖を大切にしてくれるだろう。
それでも、遠くに暮らし、それぞれの生活を持っている。
毎年、遠い墓まで帰ってきて、草を取り、木を切り、墓石を磨く。
それはやはり大変なことである。
だから私は、今のうちに自分たちで決めておいてよかったと思っている。
これからは、納骨堂という新しい場所で、夫婦二人、そして先祖とともに過ごすことになる。
墓はなくなっても、先祖がいなくなるわけではない。
思い出もなくならない。
何十年も通った道も、
大きな杉の木も、
葵の木も、
夏の草取りも、
汗を流して墓石を磨いたことも――
すべて私の人生の中に残っている。
そして最後に見た、正龍寺へ向かって流れていった線香の煙。
あの煙が何を意味していたのか、私には分からない。
ただ、
「長い間、ご苦労さん」
そう言ってくれているようにも思えた。
墓じまいを終えて、私は思う。
終わったのではない。
形が変わっただけなのだ。
先祖を思う心は、これからも続いていく。
そしていつか、私たち夫婦もその納骨堂へ入る。
その日まで、まだ時間はある。
これからも、できることを一つずつしていこう。
何十年も続けてきた墓掃除。
寂しいけれど、
それもまた、私の人生の大切な思い出になった。
墓との別れは、
人生の終わりではない。
これからの人生を、少し軽くして歩いていくための――
ひとつの節目なのだ。
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